長らくプレクトラム音楽 から遠ざかっていたが、東京プレクトラムソサィエティ時代の盟友、小池正夫氏(「古戦場の秋」の作曲者)の死をいたんで復帰、以後、処女作「山の印象」、第2作「人魚」および「北夷」などの青年時代の作品の改作、「スペイン組曲(1〜3番)、大曲「シルクロード」そして1968年冬、九大マンドリンクラブ が初演の栄誉を受けた傑作「失われた都」、第63回定期演奏会で上演した「火の山」、さらに1970年冬、第65回定期演奏会で初演の栄誉を受けた「幻の国」、第66回定期演奏会で上演した「比羅夫ユーカラ」など、大作を発表。
また、第62回で上演の「ヴェルレーヌの詩に寄せる3楽章」そして、第63回での「柳川抄」のように、詩の朗読を加えた作品や「氷姫」に代表される物語音楽 など、いわゆる「ナレーションもの」の方面にも新しい意欲を燃やした。(第67回定演パンフレットより)
私の思い出
2年生の時(50周年記念演奏会のときだったと思う)、先生と一緒に、佐賀県の唐津市を訪れたことがありました。遠く海の向こうを見つめて「邪馬台国はきっとこのあたりだ・・・」とつぶやいておられたことを覚えています。
私が九大マンクラ現役時代は、鈴木静一一色であったように思います。それに、反発する部員もいて、熱い討論を交わしたこともありました。・・・・あの麻雀パイをあやつるかのごとき(ごめんなさい!)指揮棒のふりは、個性的でしたネ。今はなき鈴木静一先生、すばらしい青春時代をありがとうございました。